駄犬、家を買う

一度人生投げた俺が居場所を手に入れるまでの話

先輩から聞いた怖い話『水の話』

昔の話である。夜中に演習場の天幕の中で先輩から聞いた話をしよう。

この先輩は、重機や車両等の整備員として職務に従事していた。ある時仕事で、とある島にしばらく勤務するようにというお達しをうけた先輩。上官と後輩と共にその島にたどり着くと、島の居住地の中を現地の隊員が案内してくれたそうだ。先輩たちは、荷物を置くために宿舎の一室に通された。話を聞くと、普段使用されている部屋が他の隊員が入っていていっぱいなので、申し訳ないが2日だけこの部屋を使ってほしいとのことだった。こういうことは、どこの駐屯地でもよくある事だから、先輩たちは大してそんなこと気にしていなかった。
 部屋に通された先輩は、違和感を感じた。昼間なのに、その部屋の窓は分厚いカーテンで覆われているのだ。そして、中央に置かれたテーブルの上に、不自然に置かれた満水の透明のコップが一つ。
 
 『この部屋を使う上で注意事項があります。』
 先輩が荷物を整理していると、上官と話を終えた隊員が全員に聞こえるように話し始めた。

『1つ、カーテンは昼間でも絶対開けてはいけません。2つ、コップの水は朝になったら必ず満水にしてください。』

 この二つを注意事項であると周知して、隊員は去っていった。
先輩の上官は、この部屋に泊まったことがあるらしく。部屋のルールを既に知っているようだった。この部屋、いわゆるいわくつきの部屋らしく、昔からここに泊まる時はこのルールを厳守するように申し送りされるらしい。
 
なんでこんなルールになったのだろうか?

 その夜先輩は、その部屋の一番ドアに近いベッドで眠っていた。夜中に、酷く喉が渇いて目を覚ました先輩は、コツコツコツと半長靴で廊下を歩く音を聞いた。コツコツコツという音はどんどん部屋に近づいてくる。夜間の見回りの隊員か、お手洗いに起きた隊員だろうと思ったが、その音は自分たちの部屋の前まで来るとぴたりとやんでしまった。先輩は、怖くなって布団を頭からかぶって丸まったらしい。そしたらいつの間にか寝ていたといっていた。

 朝、起きると不思議なことが起きていた。中央のテーブルの上に置かれていたコップの水が空になっていたのだ。ああ、喉が渇いていたんだな…。先輩は漠然とそう思ったという。

 起きて、上官や後輩に夜中に水を飲んだんじゃないか?ときいたが、誰も飲んでいないという。もちろん、自分だって飲んでいない。

じゃあ、一体だれが…。

 夜中の足音と、水がなくなる現象はその次の日も起こったそうな。二日たって、別の部屋にうつったときに先輩は、とてもほっとしたらしい。

 先輩が、元の部隊に復帰してから。その真相を、別の先輩からきかされることになる。詳しい詳細は話さないでおくが、すごく要約すると、その島でかつて争いが起こった時代、この島で息絶えた人間が、水も飲めずに死んでいったのだという。だから、いつでも水が飲めるように、要所要所に水を置いておくのだそうな。

 先輩は酒を片手につまみを食いながら話していたので眉唾もので聞いていたが、後日別の隊員から似たような話を聞いたのでこの話はあながち嘘ではないのかもしれない。
 この頃、自分もいろんな駐屯地や宿舎を転々としていたが、ぞっとする体験はそこそこしていると思うので、こういうことがあっても不思議じゃないなと思うのだ。

 異常なことも、毎日起こると通常になってしまう世の中だ。
 異常も通常も、本当は変わらないところに存在しているのかも知れない。